北海道の「空気感」

先月、仲間うちで恒例の「ジンパ」(ジンギスカンパーティー)を赤羽某所で執り行ったのだが、そこに後輩Y氏の職場の同僚さんがいらっしゃって、なぜか「北海道の、本州とは違う空気感」についていろいろ話す機会があった。

その時の話が印象的だったので思い出すことがあり。まぁ、少し、文章に起こしておこうかと。

…時間は遡って四半世紀以上前、私が道内の某大学に入学した頃のこと。

 その大学には一般教育の日本文学で立ち見の出る、某T先生がいらっしゃった。そんなに日本文学に興味があったわけでもない私は「人気がある」「単位が取りやすそう」という理由で初回の講義に出てみたのだった。当時の私は日本文学にそんな興味があるわけでもなかったが。

 まぁ、そんな感じで受講したのでほとんど広義の中身は覚えてもいないが、「メタ解析」的な話は10年以上後に役に立ったのと、もう一つ、講義のしょっぱなに話をされたのが「北海道の緑は薄い」という話で、これがずっと頭に焼き付いている。

 地理学的にはそれまぁ当然でしょう的な話ではあるんだが、感覚、あるいは文学的な文脈でそれを捉えると、北海道には本州にないものがたくさんあって、当然のことながらそれが人間の感覚に与える影響(の違い)は大いにある。

たとえば、「青空」と言った時に
 夏の汗の滲む関東のものか、
 初夏の花咲く札幌の青空なのか、
 厳冬のオホーツク海側の「オホーツクブルー」と呼ばれる、痛いほどの寒空の中の青空か、
で全く違うものになるし、そこには厳然とした「空気感」の違いがある。

 これは、そこに住んでるだけではなかなか意識できず、その違いを別の場所で体験してみないと明確にならないことでもある。(当然、そういったことに意識が向かないと区別がつかない)
そして、空気感においては「澄んでいる」側からそうでない側へ、ではなく、そうでない側から澄んでいる側へ移動した時の方が意識しやすい。

この辺は「ここは何もないけど」で済ます田舎の人が陥りがちな罠でもあって、「都会にあるものがない」からこそ得られるものについてはだいたいこういう文脈なのでは、と思ったりする。

…おっと、話がずれた。

 で、なんとなく北海道が惹きつけるものの正体は、この「空気感」に負うところが大きいと思っているので(なにせ、全く本州と同じものがあっても空気が違うせいで違って見えるのだから)、そのあたりを意識してみるともっと北海道の北海道らしさ、みたいなものが発見できると思うし、それは地元の人や北海道出身者にこそ感じていてほしいことでもあるなぁ、と思うのだ。
…ねぇ、Y氏よw

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