不昧と即翁(畠山記念館の不昧展初日)

畠山記念館、というだけで「行きたい!」という人は、おそらく茶道に傾倒しているか、茶の湯の文化や文化財に魅せられた人であるに違いない。(実際は、畠山記念館に収蔵されているのは茶道のものばかりではないのだが)

そんなことを思いながら、メトロ南北線に乗ってでかけてみた。
とあるアプリの指図どおりに白金台へ。初めて行くのだが、駅からの道順が少々ややこしい。

白金台。

畠山記念館は、荏原製作所を創業し、茶道具その他の蒐集家としても名高い畠山一清(即翁)氏(1881―1971)の自宅敷地を利用したもので、実は氏が(旧薩摩藩の重臣だった寺島宗則伯爵から)買い取る前は薩摩藩別邸で(某局大河ドラマで主人公が仕えた藩主島津斉彬の曾祖父にあたる)島津重豪の隠居所であったともいわれる、と。だからか。

そしてお隣には超高級マンション「テラス白金」が鎮座しているのだが、これも元は畠山氏の邸宅跡だったらしい。(ここは三島由紀夫の小説の題材になった料亭跡で、奈良・般若寺の堂宇が移築され、使用されてていたらしい。)

10分弱歩いてようやく到着。まさに大邸宅、な雰囲気の入り口から庭園を通り抜ける。
なぜか奈良・大和小泉の慈光院を思い出すアプローチだが、もともとが大名の別邸(あるいは菩提寺)で茶道に関係のある場所だからか。

と、まぁ、前置きが長くなりすぎたのでここらで中の話へ。

記念館の玄関にはスリッパが並べられていて、靴は脱いで上がることになっている。
受付で入館料を払うと、傍に「茶菓の供用」(500円)との案内がある。後で調べてわかったのだが、そもそものコンセプトが「茶会で鑑賞するように鑑賞してほしい」とのことなのでわざわざ茶室もしつらえてあるし、畳に上がるエリアもあって、そこではより茶室での状況に近い(斜め上目線で)見ることができると。

もちろん、500円払ってお茶をいただくことにする。

もう一つ、初日ということで絵葉書のセットを記念品としていただいた。嬉しい。

展示は2階に上がる。

今回の展示は、即翁のコレクションのうち、不昧公こと、松平治郷(はるさと、出雲松江藩第7代藩主)ゆかりの品々を、公の没後200年を記念してのもの。そして、銘品だけでなく、その保存、承継について、江戸時代を代表する美術蒐集の大家のひとり、ともいうべき側面もある不昧公の考え方がわかる書物も展示されていた。

まずは銘品。書画については全くダメなので何かを言える話ではないのだが、一つ思ったのが、不昧公、几帳面な書をなさる、ということだった。手紙の文面はまぁ普通に草書なので全く読めないんだが、書画の字がものすごく几帳面な感じがして、性格が出てるように感じたのだ。(怖いもの知らずな表現だな)

※写真撮影できないので、どっかで探して見てください。展示されていたのは「双龍争珠」と書かれた「宝珠図自画賛」。

あとは「永遠の初心者」らしく茶碗を長めに見ていたが、「粉引茶碗 銘「松平」」が気になった。茶碗は割と井戸が好きだが、今回に限っては、隣に展示されていた重文の「井戸茶碗 銘「細川」」よりもこちらの方が。どっちも系統としては朝鮮伝来のものだけれども。

茶入もなかなか美しくて、あとは茶道具一式を入れて輸送するための「唐物肩衝茶入 銘「油屋」」なども展示されており、茶人の茶にかける執念(茶を通した一期一会への執念、ともいうんですかね)が伝わって来る。

そして、各蒐集物に対して、不昧公が自身の視点で格付けをし、形状や特徴を記した書物「雲州蔵帳」も。
保存方法について子に指示を出し、あるものは自分の生きているうちは自分で管理する、とした逸話など、保護、あるいは後代にどう伝えるかを考えていたことも、書物の展示を通して紹介されていた。

不昧公は蒐集した美術品に関して「一家一国のものではない」(自分や家、あるいは藩内のものでなく、天下のものである)との認識を示していた、との話があり、また、畠山即翁も「所蔵茶道具の愛蔵印に「即翁與衆愛玩」があります。この言葉には、数寄者即翁がその蒐集品を独占するのではなく、(衆と)共に楽しむ(畠山記念館のWEBより)」という意志を持っていたとのこと。

そのために、先に書いたように、わざわざ展示室内に茶室と畳を置いてある。

ということなので、お茶と菓子は茶室でいただくことにして、茶室でいただくことにした。

と、入ってから気がついたのだが、正座(で足)が痛いのだ。ストレッチが足りてない。

・・うーん、でももうこれは仕方がない。
胡座で、とも思ったが、お出しいただく女性に聞くのもアレだったので、結局、痛いのを我慢して正座でいただいてしまった。おかげでちょっとせわしなかった。

しかし、展示とお茶で1,200円は安い。また来よう・・・。


帰流前に庭と茶室を鑑賞。美しい。
(隣で、覗き込むような位置にマンションの建設やってるのが若干残念)

・・・てなことを書いていたら、MXテレビでちょうどやっていた「東京クラッソ!」で紹介されていたのが旧三河島下水処理場。そこで保存されているポンプが「ゐのくち式」だった。畠山即翁が荏原製作所の基になった会社で売ろうとしたのは、まさにこのポンプだった。偶然にしちゃぁなんという偶然。

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