近鉄特急。

朝日新聞にこんな記事が載っていました。
近鉄特急、駆け抜けて70年 「初」を続々、路線を拡大
近鉄沿線で育って、近鉄を利用して中高に通っていた乗りテツとしては勝手に感慨もひとしおな記事ですが(笑)、やっぱり愛好者視点として近鉄特急は面白いよねぇ、と改めて思うわけです。
 

記憶に残ってる乗車といえば、小学2年のときだったか、毎月26日の天理教の祭礼(月次祭というんですが)に合わせて運行される 天理−京都間の臨時特急に乗って、廃止5日前の京都市電に乗りに行った際のことでしょうかね。

今だから言いますが、母親には小学校の登校時に「先生には病院に行くから、って言って昼で帰っておいで」と言われて(俺が病院に行く、というのは別になんの珍事でもなかった)、素直に帰宅したら天理駅まで連れて行かれて、その時に初めて行き先と目的を告げられたような気がします。
特急に乗るなんて、しかもいつもは運転がない天理からの乗車で、指定券が満席で車両の最後部の座席と後ろの壁の間の隙間で立って行った記憶があるけれど、そのあとの京都市電の乗車とか、当時京都に住んでいた伯母家族と今の北大路駅の近辺だったと思うが蕎麦屋でご飯を食べたこととかと一緒に覚えている。
(なぜか帰りの記憶がないのは、なぜだろうw)
小学生の頃に2階建ビスタカーの2代目から3代目(←今走ってるやつね)の代替わりがあって、その2代目にもう1階乗りたかったなぁ、ということとか昔の規格の名残で幅の狭いやつがあって、それがなんでだろうと思ったこととか、細かいことはいろいろ。あ、姉が大阪から帰宅する時に間違えてアーバンライナーに乗ってしまって山中のどっかの小駅で乗務員室から降ろしてもらった10年ぐらい前の話とかw
いろいろ思いだすことは多いんですけど、あまり嫌な思い出はないので(年数を重ねただけかもしれないけどw)いまでも帰省とかで近鉄特急に乗る、というと少しワクワクしますね。
ま、今となっては、少々勝手の効く小金に任せて、帰省した際に京都や難波や名古屋から大和西大寺や大和八木まで「疲れたから特急で帰る」とか割と気軽に使ってる側面も多いですけど(苦笑)、これからも面白い展開を見せてくれると嬉しいなぁ、(古いものも残しつつね・・・)と思いましたです。
あ、「しまかぜ」は、嫁か彼女かパートナーか知らんけど、そういう人と一緒に乗るのがいいです(願望)

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